午後9時前、講演会の全てが終了し、文化ホールから出た。
「阿倍野の岩田さん、講演はどうでした?」
木下社長のモノマネで、三条坂圭子が尋ねた。
「今日は、圭子ちゃんにハメられてしまったようだ」
苦笑しながら応えた。講演中、何度も「阿倍野の岩田さん」と連呼した。会場にいた全員が岩田のことを覚えているだろう。
「そんなことはないですよ。たまたまです」
うれしそうに笑った。
「明日の京都でのパーティ、担当の記者さんも当然、出席されるわけですね?」
「はい。当然です」
「パーティで、木下社長を紹介してくれますか?」
「はい、はい」
あいかわらず、うれしそうに応じた。
「!」
周りの異変に気付いた。いつの間にか、黒のスーツ姿の男たちに囲まれていた。男たちの中に植芝会長がいた。
「阿倍野の岩田さんですね。はっきり申し上げます。まわりをうろつかれると迷惑なんですよ。これ以上、うろうろされると…」
低い声でそう伝えた。それだけ。男たちは静かに去った。
3日前、名古屋駅前にある中京総合ツーリスト本社を訪れた。当然、植芝会長に報告が入ったはず。岩田という男が嗅ぎ回っていると。その岩田が今日、講演会に現われた。だから、警告にきたようだ。
「植芝会長を怒らせるとは、あいかわらず、余計なことをしているわけですか?」
三条坂圭子が苦笑しながら尋ねた。笑うしか無かった。
「植芝会長にとって、木下社長は息子のような存在です。一樹君も本当の孫のように可愛がっています」
今日の午後、その一樹と会った。
しばらく雑談した後、会社へ戻る記者と別れ、自宅に帰った。
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