「盗み聞きしてしまいました」
木下藤吉郎と別れ、駅に向かって歩き出すと、背後から声が掛かった。
「近くに用時があり、その帰り岩田さんを見かけ…」
スーツ姿の中年男が隣に。大阪府庁の市谷部長であった。
「あとを追いかけたら…」
並んで歩きながら、申しわけなさそうに告白した。
「僕も、あの場所から眺める大阪城が好きなんです。府職員の僕が言うのはいけませんが、ああいう人に」
市谷部長が歩きながら続けた。
「私としては、あなたが、と思いますよ」
「辞めときます。人間が変わりそうで。権力というものは人を変えます。車の運転と一緒だ、と言う人もいます。よくハンドルを握ると人が変わる、そう言うでしょう」
両手を前に出し、ハンドルを操作する仕草を行なった。
「おっと、道草し過ぎたようです」
腕時計を見た市谷部長がそう呟いた。
「いろいろと考えさせられました。私も少しだけ大阪に恩返しを」
飛びっきりの笑顔を見せた。そして、右手を軽く上げ、小走りに駈け出した。
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