「マスター、それは?」
カウンターの壁に、マグネットで留められている切符が気になった。
「これ?近鉄の株主切符ですよ」
株主が『持っている株数』に応じて、毎年貰える切符である。鉄道会社が行なっている「株主優待制度」の一つ。
一般人も金券ショップに行けば入手できる。近鉄の株主切符は金券ショップで1400円前後で販売されている。
「これ1枚で、1回の乗車が出来ます」
「ここで販売しているわけ?」
「お客様サービスです。七電は名古屋の会社と言われる程、取引先は東海地区ばかりです。立石君なんて毎日のように行っていました。若手社員は旅費を浮かすため、これを使います」
大阪・名古屋間を結ぶ鉄道には「JR」と「近鉄」がある。新幹線の大阪・名古屋の運賃は6千円強、近鉄特急は4千円強である。
それが近鉄株主切符を使えば、1400円で済む。ただし、急行を利用することになるが…。
「金券ショップで売り切れになっていることも多いのです。見かけたときに購入して、買った金額で渡しています」
「急行は時間が掛かるでしょう?」
「ええ。そのうえ、途中の伊勢中川駅で乗り換えをしなくては。運が良くて3時間ちょっと、運が悪いと4時間。だから、行きは特急、帰りは急行。若手社員は使い分けているようです」
「しかし、4時間はキツいなあ」
新幹線を利用すれば、大阪・名古屋間は50分も掛からない。
「近鉄にガンバってもらいたいですね。名古屋まで1時間・千円になると、大阪の景気も変わってくるでしょう」
マスターは真顔で応えた。
「ほんと、日本一の私鉄なんだから」
かつての国鉄も「JR」という民間会社になっているが、未だに「官」との見方が多い。
勘定を済ませ、喫茶店を出た。
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